世界中の人々が、新型コロナウイルスに感染して、命や健康を奪われ、社会や経済の活動もすっかり落ち込んでしまっています。しかし、この感染症が、いつどこで始まり、どう広がり、どうしたら終わらせることができるのか、見通すことは極めてむつかしい状況です。
ここでは、明治~昭和初期のすぐれた物理学者であり、科学的な見方を通して社会、文学、芸術など幅広い分野で名言を残した寺田寅彦(1878- 1935)のエッセイ集「科学と科学者のはなし」[1]から、コロナによる禍に向きあうためのヒントを得たいと考えました。
(1)禍についての認識と取組み姿勢は
『天災は忘れた頃にやってくる』という寺田の有名な言葉があります。大災害を経験しても、年月がたつと、稀にしか起きない天災には必要な備えを忘れてしまう、と人間の愚かさをいましめたのです(「津波と人間」)。彼は学者としての後期には地震・火山・海洋・気候の研究を進め、自然災害についてのたくさんの防災提言を行いました。このコロナ禍も、自然現象と人間活動が絡んだ地球規模の感染症によるもので、備えをおろそかにしてきたことがもたらした災害ともいえるのです。
コロナ禍で注目すべきは、『正しくこわがりましょう』です。寺田の一文「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしいことだと思われた」がもとになっていて、自らも、科学的研究を通して雷や地震に対して「こわいものの征服」ができたとしています。
新型コロナという未知の感染症については、次第に病気の特徴、症状の経過、感染の仕組みや経路、治療薬やワクチン開発など新たな科学的知見や成果が積み上げられてきました。パニックにならず、信頼できる科学的な情報から“病気を知り”、それらに基づいて適切に対応し、“こわさ”を着実に征服して行く必要があるのです。
(2)物理現象としての感染の仕組みは
寺田は、身の回りの自然現象についても、科学的にとらえることを勧めています。「茶碗の湯」では、熱い湯の入った茶碗の湯面から立ちのぼる湯気の正体に始まり、湯気の渦の発生原理が雷雨のでき方に似ていること、湯の中に見られる縞模様と“かげろう”が同じようなもので、飛行物体周囲の気流の動きの“見える化”にも役立っていることを説明し、さらに、湯の表面からの熱の逃げ方の“むら”の仕組みを大陸と海洋間の“モンスーン”の理解にまでつなげています。
次に「塵埃と光」では、空気中に浮遊する塵に太陽光が当たったときの見え方が光線の散乱現象で説明でき、たばこの煙の青味なども同じ原理によるとしています。
私達は、コロナ感染の仕組みとして、空中での飛沫の飛散や微粒子の浮遊の働きを学んできました。その飛沫の飛散や浮遊の様を実験動画でとらえ、対人位置や距離、マスク着用、換気、遮蔽版の効果を見ることができます。これらは、上述の熱と気流の関係や空気中を浮遊する塵による光の散乱現象を知ると理解が深まります。
実際の撮影では、「可視化光源と、レーザが微粒子に当たって発生する微弱な散乱光を高感度カメラで撮影するシステム」(新日本空調㈱HPより)が用いられます。さらに、こうした実験と物理現象の科学的原理により、空中での飛沫の飛散・浮遊現象は、諸条件を変えて、スーパーコンピュータ“富岳”でもシミュレートされ、計算結果を動画で見られるようになりました。
(3)社会現象としての感染の伝わり方は
寺田は、人や動物の群行動が示す現象を、科学的にとらえることに関心を持ちました(「物質群として見た動物群」[2])。ここでは、電車の乗客の時間的な集中利用が混雑と電車の遅れをもたらす中でも時に空いた電車を生みだす現象を紹介します(「電車の混雑について」)。
現象観察の原点は、通常、電車の路線と方向で、混雑する時間帯が決まっているものの、実際は「駅のホームにつぎつぎと入ってくる電車は満員が続くが、まれに一台くらいはかなり楽なのが来る」との気づきにありました。混雑の激しい電車は、駅での乗降に多くの時間を要し、ダイヤに遅れを生じ運行間隔も長めになり、各駅でより多くの乗客を乗せなければなりません。満員電車が続いた後、何かの加減で乗客が少なめの電車が来ると、その電車は停車時間も短めで済み、運行間隔を短縮させ車内の混雑も抑えられます。混んだ電車はますます混み、空いた電車はますます空くことになります。群行動が、群としての特有な作用に支配される可能性を指摘していたのです。
コロナ感染は、世界規模で拡大・縮小の波を繰り返しており、その収束に向けたワクチンや治療薬の開発・投与の効果を見通すのも難しい状況です。歴史的にも世界は感染症の大流行を経験し、集団における感染の仕組みを数学的法則や数式でとらえる数理モデルで表し、感染拡大・縮小過程を科学的に分析・予測し、適切な対策を探ることも行われてきました。
わが国でも2020年4,5月に緊急事態宣言が出された頃には、国民の公私にわたる行動自粛がもたらす感染拡大への影響のモデル予測が盛んに報道されました。この数理モデルには、人と人の接触の折に感染者から非感染者に一定の割合で感染して全体の感染者数を増やすこと、感染者も一定の割合で抗体を得て回復したり、亡くなったりすることが、仕組みとして組み込まれているのです。人々の日常/非日常の行動が、感染のしやすさに関わり、感染者数の日々の増減を左右することに焦点が当てられています。
(4)生態系における感染への対応は
寺田は、虫や鳥など身近な動物の行動や生態にも関心を持っていました。人間にとっては害虫であっても生態系としては与えられた役割を果たし得ることをとりあげた「蛆の効用」を紹介してみます。
一般的には「蛆虫めら」と他人をさげすむときに使われ、蛆への評価は極めて低いのですが、実は「街の清掃係」として道ばたの鳥や鼠の死骸を片づけてくれるだけでなく、人間の化膿した傷をなめつくすことで、外科的治療に使われたこともあったのです。「蛆が人間や自然の作ったきたないものの浄化に全力をつくす」ことにも目を向けています。
生態系には“天然の設計によるバランスの仕組み”ありそうです。このことが“新型コロナウイルスの撃退・除去”に当てはまるかどうか、軽度の感染で抗体を獲得することで、感染症へのより強い対応力を獲得できる可能性など、生態系の視点での科学的アプローチもありうるのです。
新型コロナウイルスが“こわいもの”であっても、そのこわさの意味を科学的に理解し、命や健康への直接の危害のみならず、経済、社会への深刻な禍をもたらさないようにするための冷静な対応が重要です。
ここでは、科学的知識ととらえ方を踏まえ、コロナ禍にしっかりと向きあうためのヒントを寺田寅彦のエッセイに見出してみましたが、少年・少女の皆さんには原文のエッセイに直接触れてほしいと願っています。
(2021年3月記)
<推薦図書または参考資料>
[1] 池内了編:科学と科学者のはなし ― 寺田寅彦エッセイ集、岩波少年文庫 510、岩波書店、2000年
[2] 小宮豊隆編:寺田寅彦随筆集第4巻、岩波文庫31-037-4、岩波書店、1991年