No.4 お洋服は、どこでどうやって作って、そしてお店に並ぶのか?
― アパレル商品のサプライチェーンのお話
貞末 奈名子(メーカーズシャツ鎌倉代表取締役)
皆さま、コロナ禍で落ち着かない日々が続いておりますが、お元気にお過ごしでいらっしゃいますか?
実は、私の会社が身を置く「アパレル業界」も昨年来の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的感染拡大)による深刻な影響を受けてきており、業界全体としては、ビジネス 展開を見直さなければならない状況が起きています。
私の会社でも、コロナ禍が始まるとすぐにシャツ作りのノウハウを活かして、ファッション性をもつマスクの製品化を行ってきました。しかし、今、私どもが着目しているのは、しっかりした品質を確保し新たな行動変容に適合したアパレル製品を適正な価格で提供してゆくための「サプライチェーン」、すなわち「商品や製品が消費者に届くまでの一連の生産・流通プロセス」のあり方です。これまで私どもが築いてきた地産地消を柱とする「サプライチェーン」の態勢は、他の多くのアパレル企業とは一線を画すものであり、このコロナ禍の中にあっても、しっかりと機能していることをあらためて確認しているところです。
ここでは、この「アパレル業界」のサプライチェーンについてお話を致します。この機会に、皆さまと一緒に、お洋服の未来について考えていけたらよいなと思っております。少し難しいお話も出てきますが、頑張って最後までお付き合い下さいね。
早速ですが、ご自身が着ているお洋服の裏側に「品質表示」がついているかと思います。この表示を見てみて下さい。色々な情報が詰まっているんですよ。
・品番
・素材
・お手入れ方法
・製造している会社
・原産国
国によって、表示しなければならない情報は、法律で定められているのです。ですので、日本で販売されている大体のお洋服については、上記の情報が明記されているはずです。
ところで、日本で販売されているお洋服なのだから、大体のものが、日本で作っていると皆さま、そう思っていませんか?
実は、日本で作られているお洋服の割合は・・・なんと全体の3%に過ぎないのです。97%を輸入しているのが実態です。
では、どこから輸入しているのでしょう?
1位中国、2位ベトナム、3位バングラディシュ、4位インドネシア、5位カンボジア、6位タイ。
ここで皆さんは、あることに気づきませんか?
世界にはたくさんの国がありますが、製造している国には共通点がありますね。日本から地理的に近く、いわゆる先進国という「くくり」にない国であるということです。
何故でしょうか?
お洋服がどのように出来上がっていくのかをご理解頂けたら、分かるかもしれません。
お洋服を作るには、まずは、生地が必要ですね。生地でも、天然繊維と化学繊維と大きく2つに分類されますが、ここは、天然繊維でお話をしますね。綿の生地を作るためには、綿花畑を育て、綿花が咲いたら摘みます。これを糸にして、そして、この糸を織機を使い織り上げて生地になっていきます。生地が出来上がったら、裁断をしてパーツごとにミシンを使って縫製します。
私はシャツ屋ですので、シャツが出来上がるまでの動画を以下に紹介しておきますね。動画でご覧になったら、イメージがつかめるかと思います。
皆さま、どうですか? お洋服が出来るまでに、膨大な時間と手間がかかっていることにお気づき頂けるのではないかと思います。
そうなのです。まず、そもそも綿花畑を栽培するのも、とても大変なことです。広大な土地でたくさんの人が一生懸命に育てて、綿花が咲けば摘まなければなりません。いわゆる「労働集約型」の産業であるのです。労働力が必要ですが、給料が高い人を雇っては、商売が成り立ちませんね。安い労働力が必要です。
例えば、その昔、アメリカは綿花が大きな産業の柱でした。労働力を確保するためにアフリカから奴隷船を使って、黒人を連れてきましたね。アメリカで、今もくすぶる人権問題はこの綿花畑を維持することから端を発しているのです。それだけ、きつい作業を安い賃金でやってくれる人が多く必要だったということです。
最近では、新疆における人権問題がニュースになっています。これも、新疆綿という品質の高い綿花を栽培するために起きている事象なのです。縫製工場でも同様です。スイッチを押せば自動的にお洋服が出来上がるわけではなりません。細かなパーツをそれぞれ縫い合わせていく必要があります。全て、ミシンを使って人が縫い上げていくのです。
ここまでお話をしていて、そろそろ気づいたかな?
そうなのです。お洋服を作るには、きつい仕事を安い賃金でやってくれる人がたくさん必要で、そのために人件費が安い発展途上国での製造が主流となっているのです。日本で作ったら、同じお洋服を作ったとしても値段はとても高くなってしまいます。
そもそも、日本人で安くてきつい仕事をしてくれる人が何人いるでしょう?
では、何故、このような仕組み(これをサプライチェーンと呼びます)が出来上がってしまったのでしょう? 最近では、お洋服は安くないと売れません。
企業の努力によって、そして、発展途上国の方々のお力をお借りして、私たちは、お洋服をとても安い値段で買うことが出来るのです。でも、これって、ちょっとイビツじゃないですか? 誰かの犠牲の上に成り立つ産業に未来はあるのでしょうか?
私の会社で作ったシャツは、全て「日本製」です。日本に流通しているお洋服の3%に入ります。いわゆる一般的な「アパレルのサプライチェーン」とは異なった「サプライチェーン」を構築しています。何故、安く作ることができる手段があるのに、日本製にこだわるのか? 不思議だと思いませんか?
うーん、ちょっと待って下さい。
「お洋服=安い」というのは、本当でしょうか? 誰が決めたのでしょう?
人件費が安いといわれる国では、もしかしたら品質管理も難しいので、簡単なものしか作ることが出来ないかもしれません。日本で生産すれば、日本人がしっかりと品質を担保してくれますね。「安物買いの銭失い」という諺もあるように、値段が高いものには、理由があるのです。日本での人件費は、途上国のそれに比べたら高いです。しかし、品質は保証されます。
日本には、かつてシャツを縫製できる工場が400以上ありました。今は10分の1以下です。鎌倉シャツの品質を担保できるだけの工場は、もう数社しか残っていません。日本のアパレル会社の多くは、安い人件費の国に、生産拠点を移していった結果、日本の縫製工場はどんどん減少していきました。
鎌倉シャツは、日本に残された素晴らしい縫製工場をなんとか維持したいと思っています。そして、多くの日本人に日本品質の素晴らしいシャツを着て、充実した日々のお手伝いをしたいと心から思っています。日本製は、世界での評価が高いです。それは、日本人が作るものが、類を見ない品質であることを世界の方々が知っているからです。今や、世界中の人たちが、日本製を欲しがります。鎌倉シャツも「日本製のシャツ」でアメリカや中国に進出しています。そこには、安いという価値観とは違ったマーケットが確実に存在します。
皆さんが日々、着用しているお洋服がどんな経路をたどって、皆さんの手元に届いたのか。「品質表示」からイマジネーションを膨らませてみるのも、きっと世の中を考えることにつながっているのだと思います。
(2021年6月記)