2016(平成28)年度 第4回授業

 

 

2016(平成28)年度第4回授業

 

「人間の生活を変えた鉄道の歴史と車両」

 

講師 安井敏先生

元日立製作所主任技師、鉄道車両技術コンサルタント

12月4日(日)午後2時、鎌倉学園星月ホール

 

 

(授業リポート)

 

 

樽の原理を応用したのが車輪

今日、私がお話することで、鉄道はたくさんの技術が結集してできているシステムで、その鉄道がうまく機能するためには多くの技術者がかかわっている、ということをわかってもらえればいいと思っています。

 

  この絵は何ですか。(たる)です。真ん中が太く、両方の(はし)が少し細くなっています。これを坂の上から下までレールの上を転がしたらどうなりますか。そうです、脱線しません。レールが少しカーブしていても脱線しません。樽が右にずれた時、レール上を進む長さが左側よりも右側の方が大きくなるので、樽は左に戻るようになります。これを案内力がはたらくと言います。

 

  この樽のように真ん中が太く、外側にいくにしたがい細くなる円錐(えんすい)の形を応用したのが電車の車輪です。

 

 

 

鉄道と車や飛行機の違い

 

鉄道と自動車、さらに飛行機との違いは何ですか。そうです。自動車はハンドルを動かして、自由にどこにでもいけます。飛行機は地上から離れて空も飛ぶことができますが、前に進むだけで後ろには戻れません。つまり鉄道は線の上を前に進み、後ろに戻る一次元の世界。自動車は前と後ろだけでなく、右にも左にも行ける二次元の世界。飛行機はさらに上、空にも行けるので三次元の世界です。

 

ところで、自動車はハンドルから手を放しても、まっすぐに進みます。なぜかわかる人?左右の車輪が少しハの字型になっていて、どちらかに曲がろうとすると、抵抗(ていこうが起きて、戻るようにしています。

 

飛行機は主翼と尾翼についているフラッパーを左右どちらかを下げることで、空気抵抗が強くなり、曲がることができますが、主翼の形も真横に伸びているのではなく、少し後ろ向きになっているのも風の抵抗を利用してまっすぐに進むようにしているのです。

 

 

新幹線で世界が鉄道を見直すきっかけに

 

鉄道は英国で生まれました。英語では Railway(レイルウェイ)、アメリカではRailroad(レイルロウド)と言いますが、「レ-ル」に「鉄」という意味はなく、「まっすぐな棒」という意味から生まれた言葉です。

  日本では「鉄道」、そして中国では「鉄路」になり、フランス、ドイツ、スペインでも「鉄道」と、どの国も鉄という点では共通しています。英国から他の国々へ伝わった時に、レールは鉄になっていたのですね。

  16世紀から18世紀にかけて木のレールから鉄のレールに変わりましたが、最初は馬車が車両を引っ張っていました。ジェームスワットが蒸気機関を実用化して蒸気機関車が登場、19世紀の終わりころにはガソリンエンジンやディーゼルエンジンも実用化して、さらに今は電気機関車になっていきます。

  1964年の東京オリンピックのときに登場した新幹線は、当時では世界最速の時速210キロで運転され、斜陽化(しゃようか)した鉄道を世界的に見直すきっかけになりました。

  風速は1秒間に何メートル進むかを表します。風速25メートルを時速に直すと、25を4倍して、1割を引けば出てきます。風速25メートルは時速90キロになります。

 

 

 

研究者と技術者の違いは何か

 

休憩の前に研究者と技術者の違いについて説明します。

 

研究者は科学者とも言い、狭い 領域(りょういきで基礎的研究を重ね、科学的真理を発見しています。個人や少人数で研究を続けて、ノーベル賞も受賞します。技術者は、こうした研究者たちの基礎的研究成果を取り入れ(「応用」と言います)て、人間生活に役立つものを創造していく。

  いろいろな研究成果を取り込むために、一人では対応できず、たくさんの技術者が協力し合って、物事を進めていくのです。

  皆さんは、研究者になりたいですか、技術者になりたいですか、手を挙げてください。おお、技術者が少し多い感じですね。(休憩)

 

 

 

パナマ運河の上を横切る鉄道建設に参加

  皆さんはパナマ運河を知っていますか。このパナマ運河の上に橋をかけて鉄道を走らせる話が出て、日本のJICA(国際協力機構)が引き受け、その車両をどうするかの計画を建てるために私は3年前からパナマに行っています。

  そこでパナマ運河について簡単にお話します。パナマ運河は北米大陸と南米大陸が細くつながっている所にあり、太平洋と大西洋のカリブ海をつなぐ運河で、100年前の1914年に開通しました。

  それまではメキシコ湾で採掘された石油を船で日本に運ぶ場合は、アフリカの喜望峰を回っていました。それだと36日かかりましたが、パナマ運河ができてからは21日ですみます。

 

 

水槽のエレベーターで山越えするパナマ運河

  そのパナマ運河は長さ80キロですが、高さ26メートルの湖を越えなければならないので、3か所に水門の付いた大きな水槽をつくりました。水槽の中に船を入れ、水門を開閉(かいへい)することで水位を上げ、下げ調節することで、船が運河を通り抜ける仕組みになっています。

 

 

 

これまでのパナマ運河は船の幅が33メートル、(きっ)(すい)=船底から水面までの高さ=が12メートルでしたが、第二運河が今年6月に完成し、船の幅が55メートル、吃水が15メートルの大型船も通過できるようになりました。それでも荷物が多すぎる場合は、運河の出入り口近くでクレーンを使って船の荷物を降ろし、運河の脇を走る鉄道で荷物を運び、運河を通過し終った船に荷物をクレーンで積み込むのです。

 

 

 

月で電車は走れるか

  もし月に空気と電気があったとして、月では電車を走らせることはできるだろうか。「摩擦(まさつ)がないので走れない」というのは厳密に言えば正しくはありません。

  月の表面の重力は地球の6分の1なので、体重60キロの人は10キロになります。でも手を合わせて強く押して動かすと摩擦が生ずるように、月でも電車を重くするとゆっくり動かすことはできます。しかしカーブでは、さらにスピードをゆるめ、そろそろ走らせないと脱線してしまいます。だから正解は、「月で電車を走らせることは、できないこともない」です。

 

 

新幹線の先頭はなぜ先がとがっているか

  これは空力抵抗を弱めるためです。横須賀線の電車のように時速100キロでは大丈夫ですが、時速200キロにもなると、空気抵抗は速度の二乗に比例する、つまり横須賀線の電車よりも4倍の抵抗がかかります。

  トンネルに入るときも横須賀線の電車のように前が平だと、時速200キロも出すと、空気抵抗のためにトンネルの出口でバンと爆発音を起こします。つまり空気抵抗を和らげるために先頭の先を細くしているのです。

 

新交通システムは、なぜ車輪がゴムタイヤなのか

  車は急には止まりせん。アイスホッケーのボールは、打つと氷の上を滑っていきます。これはニュートンの見つけた慣性(かんせい)の法則があるからです。止めるためには摩擦などの抵抗力が必要です。鉄道では鉄のレールの上を鉄の車輪が滑らずに回転しないと前に進みません。しかし急な坂には、この組み合わせは弱いのです。

  そこで登場したのがコンクリートの上をゴムタイヤの車輪で走るモノレールなどの新交通システムです。パナマ運河を越える鉄道も、運河の上にかかる急な坂を持つ高い橋を越えるために、モノレールとするのがよいと私は判断しました。2022年には完成する予定です。

 

 

地盤が弱いため新幹線は動力を分散

 

 

機関車は重いほどたくさんの列車や貨車を引っ張ることができます。しかし重くしすぎると日本の場合は岩盤(がんばん)が深いところにあるため地盤(じばん)が弱く、レールが変形して金属(きんぞく)疲労(ひろう)を起こし折れてしまいます。ヨーロッパの場合は岩盤が浅いため地盤が固く、レールも分厚くできるので、機関車を重くしてもレールが折れることはありません。

 

だから日本の新幹線は動力を各車両に分散していますが、ヨーロッパの新幹線は機関車に動力を集中しても大丈夫なのです。新幹線のレール幅は1・435メートル、横須賀線は1・067メートルですが、これは地盤が弱い日本にはよい選び方でした。

 

最後に皆さんに伝えたいことがあります。覚えることの反対は忘れることです。しかし理解する、の反対はありません。勉強は理解することが大切だということを忘れないでください。 

           

 

                 (文責=横川和夫 写真=島村國治)