2021年度(令和3年度) 第2回授業

  

 2021年度子ども大学かまくら第2回授業

「漢字文化と文字の成り立ち」

講師 杉山勇人先生 鎌倉女子大学短期大学部・准教授

2022年2月20日(日)午前10時から

鎌倉芸術館小ホール

 

 

 

 (授業レポート)

 

 

書写・書道教育についての研究

それでは、私の研究のことを紹介(しょうかい)しながら、授業に入っていきたいと思います。私は、この鎌倉芸術館のすぐ近くにある鎌倉女子大学で教員をしています。専門(せんもん)は書写・書道教育で、文字を書くこと、文字の文化について研究をしています。

鎌倉女子大学短期大学部には、「書道」の授業がありまして、学生たちは必ず毛筆の授業を習うことになっています。

 

文字の表現が「書」の面白さ

私は書道家としても活動しており、その作品を紹介します。これは、ちょっと前に書いた「鳥」という作品です。「鳥」という字を、鳥のような動きを使って書いています。「書」は、「言葉」の意味と、その文字を使った「動き」の意味を重ねて表現できるのが面白いところです。

 

私の実家は、群馬県にある世界遺産(いさん)・富岡製糸工場の近くにあります。昨年、その富岡製糸工場・西置(にしおき)繭所(まゆしょ)というところで、「(まゆ)」という作品を展示(てんじ)しました。(かいこ)の「繭」という字を、筆で書くのではなく、印刷フォントを使って(すみ)で表現しています。いわゆる「書」ではないのかもしれませんが、こういう文字を使ったデザインも書道家としての活動の一つです。

 

パソコンを使った書写の授業

私の専門分野は、小・中学校の国語科書写の教育です。一昨日も「全日本書写書道教育研究会 神奈川大会」がありまして、横浜国立大学教育学部附属(ふぞく)鎌倉小学校で書写の公開授業を見てきました。これは4年生のクラスの写真ですが、書写の授業のなかでパソコンを使った学習をしています。

 

今はコロナ()で、皆さんもパソコンやタブレットを使う機会が多くなっています。書写の授業もこのように、パソコンを使う新しいタイプの授業が研究されはじめました。こうした新しい授業のかたちを広めることも私の仕事です。

 

なぜ筆を使って字を書くの?

今は、パソコンで印刷できるのだから、筆で字なんか書かなくていいんじゃないか?と思うかもしれません。ここにいる皆さんは4年生以上ですから、小学校で毛筆の授業がありますね。また、普段(ふだん)ノートに筆で字を書いている人はいませんよね。鉛筆(えんぴつ)やシャーペンを使っているでしょう。それなのに、どうして学校の授業では筆を使って字を書かなければならないのでしょうか。

例えば、「木」という字があります。横画、(たて)そして(なな)めの線を2本、ピーッと引いたら、なんとなく「木」という字に読めます。しかし、これが正しい「木」の字かと聞かれたら、いかがでしょうか。また、横画を右から左に、縦画を下から上に書いてもいいでしょうか。それはやはりいけないですよね。どんなふうに書いてもよいということはありません。文字には点画のかたちと、書く方向と、書く順番が決められています。「木」という字は、ここで止めて 、ここではらうというように、横画・縦画・左はらい・右はらいのかたちは、すべて毛筆の書きぶりを()まえて決められているのです。

硬筆(こうひつ)で書く時も、毛筆で書く時と同じ動きで書くことになります。硬筆の文字の書き方と毛筆の文字の書き方はつながっているのです。

 

「シ」と「ツ」の(ちが)いは、力の()き方が大切

皆さんに「シーツ」、「ゾーン」と、カタカナで書いてもらいました。

カタカナを書く時も全く同じです。シとツの違いは、「シ」は3画めを下から上に力を抜くようにすっとはねていく。「ツ」は3画めを上からだんだん力を抜いてすっと書いていく。この力の抜き方ができているかどうかが、「シ」と「ツ」の文字を見分けるための要素になっています。力が抜けていないと、ほとんど同じ字に見えてしまうのです。

「シ」と「ツ」、「ソ」と「ン」は、このはねる感覚、はらう感覚がしっかりできてないと区別できません。この区別をつけ方は、毛筆を使って学ぶことで理解できる感覚なのです。

漢字を書く時も、毛筆でしっかり力の抜き方(筆圧)を習っていないと、ペンで書いたときに同じ太さで書いてしまう人がいます。毛筆をしっかり学習することで、力の抜き加減ができるようになるのです。

 

つながっている筆とパソコン(フォント)の文化

「明朝体」と「ゴシック体」はパソコンで一番よく使われている書体(フォント)です。明朝体の、「ツ」や「ン」の形を見ると、はね・はらい・とめ等、毛筆で学習したかたちが使われていることがわかります。一方、ゴシック体はすべて同じ太さで書かれているように見えます。でも、拡大(かくだい)してみると、明朝体と同じように筆がスタートする位置に「筆()さえ」とよばれる部分がくっついています。また、はねるところはしっかりはねているのがわかります。パソコンのフォントと、毛筆の文化も、実は全部つながっているのです。

 

文字は歴史をつくっている

ここには、昔の有名な人が書いた「風」という字を集めました。(りょう)(かん)とか夏目(そう)(せき)とか、宮沢賢治(けんじ)とか、名前を聞いたことがあるでしょう。このように昔の人々もその時代、その時代に文字を書き留めてきました。私たちはその書かれた文字を見ながら、同じようにまた文字を書いています。

 

漢字は、かたちだけを見て覚えようとしてもダメです。漢字はかたちよりも、「動き」が大切です。さきほどの「シ」と「ツ」のように、ペンの動きがそのままかたちになります。筆(ペン)がどのように動いているか、そしてどういう順番(書き順)で書いているかをしっかり見ていく。その動きを覚えて、その動きの通りにしっかり書くことで文字ができあがるのです。それを昔からずっと繰り返してきて、今の文字があります。私たちは文字を通して、昔の人々とつながっているのです。

さまざまな書体を生み出すパソコン

ここに、パソコンで書体(フォント)を5つ出してみました。さっきも言いましたように、明朝体とゴシック体が一番よく使われています。小学校の教科書には、「教科書体」が使われています。教科書体は手で書いたときのかたちに近く、覚えやすいように作られています。「丸ゴシック体」は、丸みを帯びていてかわいらしい文字です。

最近は「UDフォント」も使われています。UD明朝体とかUDゴシック体というフォントがあります。「UD」とは「ユニバーサルデザイン」の略です。

明朝体は、カチカチとがっていて、見る人によっては痛々(いたいた)しく感じるとか、チクチクして見えると言われています。その印象を(やわ)らかくして誰にでもやさしい表現にしたのがUDフォントです。小学校では最近よく使われるようになりました。

 

なぜフォントの話をしたかと言いますと、フォントの使い分けも大切にしてほしいからです。文字を扱うのは手で書くことだけではありません。パソコンのフォントにも、それぞれ特徴(とくちょう)や使い方に違いがあります。これを使い分けていくことも、とても大事なことです。

 

草書や行書のあとに楷書(かいしょ)ができた

漢字の歴史についても、少しだけお話しましょう。

漢字はもちろん中国で生まれたもので、今から1500年ぐらい前、西暦では500年~600年前後に楷書ができました。今も皆さんが授業で習っている漢字の書きぶりは、この1500年前の書きぶりとほとんど変わりません。つまり漢字は、1500年前から基本的には大きく変わらず学ばれているのです。それだけ完成された文字であるという、その歴史も大切なことです。

 

もう少し時代をさかのぼると「行書」「草書」があります。文字を速く書いて続け書きにしたのが行書、さらに速く書いてくずしたのが草書と思われているのですが、実は歴史では逆なのです。くずれた字の方が先にあった。これではくずしすぎで読めないから、しっかり整えてわかりやすくしようと工夫して、最後にできたのが楷書なのです。

紙ができる前は木に書く隷書(れいしょ)

さらに歴史をさかのぼっていくと、隷書や篆書(てんしょ)の時代になります。

紙が作られる前は、木を(けず)って作った「木簡(もっかん)」に書かれていました。分かりやすく言うと、アイスの(ぼう)みたいなかたちの木を(なら)べて(ひも)で縛ったものです。そこに書かれていたのが隷書というスタイルで、紙が出来る前はこのように文字を書いていました。さらに古くなると、篆書という書体があります。

 

漢字の最初は(ほね)に刻まれた甲骨(こうこつ)文字

甲骨文字は、漢字のはじまりです。(かめ)甲羅(こうら)や、牛や鹿の骨に(きざ)まれた文字だから甲骨文字とよばれています。こちらは、甲骨文字の「天」です。人のかたちで、頭の部分を強調して大きく書いています。これは、「人の頭の上に広がるもの」を表しており、「天」という意味になります。このように、甲骨文字は絵から漢字の成り立ちと意味を説明できる文字なのです。

 

 

(休憩)

 

 

人と人が支え合って「人」になる?

昔、金八先生というドラマに、先生役の武田鉄矢さんが「人と人が支え合って人という字になる」と言う場面がありました。実は「人」という字の成り立ちからいうとあれはウソなんです。「人」という字は、横を向いている一人の「人」のかたちからできています。

いくつか漢字の成り立ちについて見ていきましょう。

人が手を広げて立っている姿(すがた)が、「大」という字です。「大」に地面を書いたら何という字になるでしょう。そうです。「立」という字になります。ではこの「立」を二つ書いたら? 人が横に二人(なら)んでいるので、「並」という字になります。

このように、漢字は絵から生まれて、どんどん組み合わされてかたちを変えて、新しい意味となってさらに増えていくことになります。

 

絵から生まれた漢字

「目」のかたちに胴体(どうたい)をつけたのが「見」という字です。昔の人は、頭を「目」だけで表すことが多かったようです。「目」にたてがみをつけて、胴体としっぽを書いたら「馬」という字になります。

これは「鳥」です。部首に「隹(ふるとり)」がありますが、隹は鳥のことで、その鳥が木の上に集まってくることで「集」という字が出来ました。このように、絵から文字が生まれ、そこにいろいろな意味を付け加えることで広がっていきます。

これは「王」という字です。古い中国の漢字辞典には、「天・地・人を表す三本の横画を書き、それを(つらぬ)く縦画を書いて王という字ができた」と書かれています。つまり、天と地の間に人がいて、それらを統一するのが「王様」であるという意味です。

 

しかし、別の漢字辞典では、「大の字に手足を広げた王様が、天と地とを表す二つの線の間に立ったかたち」とあります。天と地の間に、先ほどの「大」という字をはさんで、それが「王様」だというのです。また、別の『字統』という辞典では、「(まさかり)()を下にしておくかたち。」と書いてあります。甲骨文字の「王」という字を見てみると、確かにこの(おの)のようなかたちに見えます。最近はこの「鉞」説が有力ですが、このように辞典によって、漢字の成り立ちの説明が違うということがあるのです。

 

次々に変わる「(みかど)」という字の成り立ち

皇帝(こうてい)の「帝」という字の成り立ちの説明もさまざまです。「帝」は「(おうぎ)のかたち」であり、皇帝が命令を出すときに持っていた扇であると、私も長らく信じていました。

しかし、ある機会に漢字辞典を見たら、「帝」は「神様に貢物(みつぎもの)を捧げる卓(テーブル)のかたち」と書かれていました。神様に仕えるのが皇帝の仕事であったため、これが「帝」という字の由来となったというのです。

さらに今回この授業のために、もう一度、新しい別の漢和辞典で調べ直したら、「帝」は「糸をたばねて結んだかたち」となっていました。「たばねる」ということが元々の意味であり、皇帝は人々を「たばねる」ことから、「帝」の字として使われるようになったというのです。

「人と人が支え合って人という字になるというのはウソ」と言いましたが、何千年も前のことです、漢字の成り立ちについては次から次へといろいろな説が出てきています。つまり、漢字の成り立ちは「どれが正しい」ということよりも、いろいろ考えて新しい説を生み出すことが楽しい研究なのです。そういう意味で、漢字の成り立ちは自由に想像してもらってもかまいません。これを機会に皆さんもいろいろ想像し、興味を持ってもらえればうれしいです。

 

漢字の字体は「文字の骨組み」

それでは、お配りしたプリントの漢字テストをやってみましょう。○×をつけるわけではありませんので、いつも自分で書いているようにひらがなを漢字に直してみてください。

できましたでしょうか? 「ボールをうつ」の「打」は、てへんの2画めをはねるように習いましたか?「おんなの子」の「女」は、2画めと3画めを少し交差して、「ちょっとはみ出させる」ように習いましたか? 実はこれらの字体は、どちらでもかまわないのです。文化ちょう「常用漢字表の字体・字形に関する指針ししん(2016年)では、「どちらでもよい」と説明されています。漢字はその文字の骨組みとなる部分さえあれば、細かいところはあまりこだわらなくてよいというのが現在の考え方です。

ここに菅元官房かんぼう長官ちょうかんかかげた 「令和」の写真があります。「令」は、点のかたちや向きをこのようにさまざまなかたちで書くことができます。小学校では「令」で書きなさいと教わりますが、基本的にはどの書き方で書いてもOKです。印刷のフォントと手書きのかたちは違うことがあるので、どれを書いてもよいのです。

 

ですが、学校の漢字テストの場合には、先生の示す基準がありますので必ず教えられたかたちで書くようにしてください。しかし、原則は、どのように書いても文字の骨組みの数が正しければ間違いじゃないということは知っておきましょう。

 

昔の字体はルーズだった

これは、中国で書かれた「令」という字を集めたものです。見てわかるように、かたちはさまざまですね。昔は、点じゃなきゃダメとか、真っ直ぐ書かなければダメだとか、そんなにこだわっていなかった。だから、いろんな書き方がありました。

プリントに「友だち」の「達」という字がありますが、「達」の右側は「幸」ではなく、下の横画は三本ですよね。「土」に「羊」と書きます。ところが、昔の人が書いたものをみると三本のものもあれば、二本の「逹」もある。昔はいまよりもルーズで、 いろいろな書き方がみとめられていたことがわかります。現在の漢字テストでは、「達」と書かなければいけません。でも、字は手で書いていくのですから、時代によって変化することがあります。漢字のかたちについては「これじゃなければダメ」というだけではなく、もっと自由に考えてほしいと思います。

 

いろいろある「逗子(ずし)」と「鎌倉(かまくら)」の字体

「逗子」の「逗」は、しんにょうの点が二つになっています。どちらかというといまはこの字体を見ることが多いです。しかし、昔のしんにょうは基本的に、点は一つで書いていました。鎌倉の「倉」という字も 3画めを横画で書くのが一般的(いっぱんてき)ですが、街で見かける看板(かんばん)を見ると、点になっているものがあります。横画じゃなければダメとか、点じゃなければダメとかそういうことはありません。本来はそんなにこだわらなくていいのです。

点画の書き方を統一して厳しくすると漢字は楽しくなくなってしまう。いろいろな書き方を認めていくことが大切であると考えています。だからと言って何でもOKというわけではありませんけれども。例えば、自分の名前に使う漢字などは、自分の個性を表すものですよね。ですから、しんにょうの一点か二点かとか、横画か点かなどの細かいかたちにこだわってよいと思います。ただし、だからといって他の人にもそのように書くように求めるのはやりすぎです。自分のこだわりは大切にしつつ、小学校で習う一般的な書き方も大切に学んでほしいと思います。

 

JRの「鉄道」の文字

ここに来る途中(とちゅう)、大船駅などでJRのロゴマークの入ったポスターがあったと思います。このロゴマークを見て何か気づくことはありませんか?

学生=「鉄道」の「鉄」の字が違ってる。

すばらしい。このJRのロゴマーク、「○○旅客鉄道株式会社」の「鉄」という字、「失」が「矢」になって、「鉃」という字に書かれていますよね。JR四国だけは正しい「鉄」の字が使われています。なぜこの間違った「鉃」の字を使っているのでしょうか。

この「鉄」という字を、このまま横に二つに分けて読んだらどうなりますか?そうですね。「金」を「失」うと読めてしまいます。諸説(しょせつ)あるそうですが、鉄道会社がお金を失ってはまずいと、縁起(えんぎ)(かつ)いで「鉃」という字を使っているのだそうです。

あえて間違いと言われても、その字を使っています。こういうことは漢字テストではダメかもしれないけど、遊び心があって面白いと思いませんか?

 

 

手書きで自由に文字を書こう

文字は手で書かれることで、いろいろな書き方・書きぶりが生まれてきました。皆さんもその歴史の中にいて、実際に文字を書きながら生活しているのです。先ほどの「鉃道」のように、遊び心を持った漢字文化を知って、文字を楽しんでほしいと思います。しかし、すでに何度も言っていますが、学校の漢字テストではやらないでくださいね。そこまで私は責任を負えません。

手で文字を書くのは(つか)れるといえばそれはそうですけれど、さまざまなことが自由にできるのです。今のところ、パソコンではまだ自由に新しい漢字を作ったり、自分の思い通りの文字のかたちを表現したりすることはできません。まだまだこれからも手書きで自由に表現する文化は続くでしょう。皆さんも文字を好きになって、さまざまな機会に役立ててほしいと思います。文字の文化、日本の文化を受け()いで、ぜひ守っていってください。今日はありがとうございました。

            (了)

 

 


  質問コーナー ◇

 

Q 6年 漢字の成り立ちにはいろいろな説があるとお話されましたが、昔の人は、どう考えてこの漢字を作ったのかとか、どうやったら成り立ちがわかるんですか?

 

杉山先生 確かに、昔の人がどのように考えていたのかは、私たちにはわからないですよね。かなり昔に作られた漢字辞典もありますので、そういうものから昔の人の考えを推測(すいそく)して、新しい成り立ちを発見することもあります。当時の文化について、考えながら自分なりに想像して新しい説を唱えていった人もいます。

また、当時の()らしがわかるものが発掘(はっくつ)されると、そこから新しい解釈(かいしゃく)が生まれることもあるでしょう。「口」という字の成り立ちなど、いまでもさまざまな説があります。発掘された資料や、残された書物をもとに、想像力を働かせてコツコツ組み合わせていくような作業の()り返しだと思います。 

 

(文責=菊池みどり、写真=島村國治)